--'--.--.--:--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告:  トラックバック(-)  コメント(-)
2006'09.14.00:10

似非ヴェジタリアニズム

最近、菜食主義者について書かれているものをちょっと読んだときに思ったことがある
菜食主義者は大きく分けて二種類いて
・肉が食べられない、もしくは嫌いな人(非肉食主義)
・生き物を殺すことが許せない人(不殺生主義)
なんだそうです
前者に関してはただの好き嫌いか体質の問題なんで特に何も思いませんが、問題は後者
後者の中にも何種類かいるそうで、動物類は一切口にしない人から、魚は食べる人、鶏肉は食べなくても卵は食べる人、等々
その中でも筋金入りなのが、野菜の中でも食べないものがある人たち
この人たちは葉物やジャガイモなど一部を採っても死なない植物しか食さないそうで、玉ねぎなんかは食べないとか

宗教的な理由からという人もいるとは思うけど、今の世の中の不殺生主義はほとんどが個人的倫理観から
私はこの手の人間が大嫌い
殺すことを非とするならば、それは地球上の生き物全てを否定すること
植物の一部を食べてもその植物は死なないから大丈夫だというなら、牛や豚を生きたまま死なない程度に一部だけ切り取って食べても大丈夫ということなんだろうか
それとも植物には意識がないから問題ないのか…?
どこまでを殺してもよくてどこからがいけないのか…それを自分で判断しているのだとしたら神にでもなったつもりなんだろうか…
非殺生を貫き通すならば悪性の病原体にかかろうとも治療をして細菌を殺したりせずに潔く死んでいく覚悟ぐらいはあってもらいたいものだ
そこらを歩く際には足元に何百何千の目に見えない生き物がいることを頭にいれて経でもあげながら歩いていただきたい
どうせやるなら中途半端に妥協点を作らずに徹底してくれ
スポンサーサイト
思ったことトラックバック(0)  コメント(0)
2006'09.13.23:36

損料屋喜八郎始末控え

山本一力『損料屋喜八郎始末控え』 読了


「あかね空」 で2002年に直木賞を受賞した山本一力のデビュー作

ただの人情もの時代小説だと思って読んでみたものの、これが思いのほか面白かった
江戸時代を舞台にしていながら内容はつい最近まで騒がれていた敵対的企業買収、M&A(Mergers and Acquisitions)にそっくり
壮絶な斬り合いのシーンはないけど、息詰まる頭脳戦が繰り広げられていて飽きずに最後まで楽しめます
主人公・喜八郎の営む「損料屋」というのは庶民に布団から鍋まで日用品を貸し出すレンタル屋
江戸版M&Aを繰り広げるのは「札差屋」、これは武家に対して切米(俸禄)を担保に金を貸し付ける商いのことで、この物語当時は絶大な力を持つ商売だったそうです

上司の不正の濡れ衣を被らされ奉行所をやめ武士を捨て町人になっていた喜八郎は、恩義のある札差屋・米屋の遺言を受け米屋のために力を貸すことに…
米屋は先代からあとを継いだ息子が無能ゆえ、商売敵の伊勢屋に乗っ取られる危機に立っていた
伊勢屋は喜八郎が濡れ衣を被らされた不正に絡んでいた人物
先代の恩義に報いるために喜八郎は伊勢屋から米屋を守るために奔走する

田沼意次が失脚し、松平定信に変わった頃のお話
田沼バブルがはじけ、徹底した節約の松平政治に変わった頃でまさに今の日本と同じ超々不景気時代
幕府は武士の借金を帳消しにするなんて無茶なことまでやらかします
とはいえ、今の世の中も潰れかけた企業・銀行に国民の血税投入してるんだから当時とさほど変わりもないですけどね…

個人的好みなら「あかね空」よりもこっち
お勧めの一冊です
トラックバック(0)  コメント(0)
2006'09.11.20:24

僕のなかの壊れていない部分

白石一文『僕のなかの壊れていない部分』 読了


出版社に勤務する29歳の主人公は才色兼備のスタイリスト、子持ちのバーのママ、SMプレイ相手の人妻の3人と付き合いながら、その誰とも深い繋がりを結ぼうとしない
そして自宅アパートには鍵をかけず行き場のない若い男女2人を自由に出入りさせている
幼い頃に両親の愛情を受けられなかったトラウマから、驚異的な記憶力を持つ主人公は常に生まれてこなければよかったという絶望感を抱き続ける
生と死、愛と家族を突き詰める傑作
ということになってます

なんとも説明のしようのない一冊
全体的な個人的評価は高くない…というか低いです
やたら色んな作家からの小難しい引用を引っ張り出して継ぎ接ぎした感じ
作者が好きなのか主人公のキャラクター設定なのか知らないが三島由紀夫に関するものが多くて若干鬱陶しい…
主人公はひたすらに情けなく、甘ったれで意気地がなく、屁理屈ばかりで自己中心的な協調性のない男

生と死が一番のテーマらしく、何度となく生きる意味や死ぬことに関して書かれている
その中でも主人公の台詞の中でどうにも独りよがりで腹立たしい件がある
「生まれてこなければよかった」「誰も生んでくれなどとは頼まなかった」「こんなことなら死んだ方が楽だ」等と、のたまう主人公に「だったら死んでみろよ」と逆説的に声をかける人たちに対するもの
彼らは逆説的な言葉の後、親身に話を聞き懸命になぐさめ励ますのだが、それにたいしてこいつは

そうした彼らの、当の最初の言葉にいつも失望した。(中略)
「生まれてこなければよかった」からといって「じゃあ死ねよ」と言われる筋合いはない。(中略)
そんな乱暴な言葉を口ずさむならば、せめて、「だったら一緒に死んでやるよ」くらいのことは言ってくれてしかるべきだろう。


この人は何言っちゃってんの?
言われる筋合いがないぐらいなら端から他人にそんなこと言うなよ
同情してくれないからと言って逆切れかよ…
大体なんで生まれてこなければよかったと思ってるような人間のために一緒に死んでやらなきゃならないんだ?
この主人公は終始こんな感じで「自分が一番不幸な悲劇の人」的な考え方
しかも、考え方が噛み合わないと育った環境がまるで違う元々違う種類の人間だからといった決め付け
親切や優しさから声をかけてくれる人には誰彼かまわず噛み付き
あんたはわかってないと全否定
そのくせ、物語の最後の方ではお決まりのように自分の過去を吐露し、甘えを見せる
読んでいて確実にイライラします
せめてもの救いはハッピーエンドで万々歳といった終わり方ではなかった点ぐらい

それでも、やたら理屈っぽいところや、頑ななまでに頑固な面、何事も否定的な面でも考えること、結婚に関する意識なんかは、ほんの少しでも似ている部分が自分にもある気もする
だからなおさらにイライラする
それだけに自分をよく知る人物には決して読ませたくない一冊です(汗
トラックバック(0)  コメント(0)
2006'09.11.00:57

皇帝去る

皇帝引退
F1界最強の皇帝 ミヒャエル・シューマッハ(Michael Schumacher) が今季限りでの引退を発表
1991年のデビュー以来見ていた者にとっては感慨深い…
通算勝利数、PP回数、等々の記録を打ち立てた偉大なるレーサーである
その割には個人的にあまり思い入れがない
なぜなら皇帝には宿敵がいないから
最大のライバルになると思われた アイルトン・セナ は94年に不慮の事故で死亡
シリーズチャンプを争った デイモン・ヒル も宿敵という感じではなかった
今年チャンピオンを争う フェルナンド・アロンソ にしてもどうしても宿敵とは思えない…
強いて言えば宿敵といえるのは元マクラーレンの ミカ・ハッキネン ぐらいか
ハッキネンとは国際F3時代からの因縁だったが、同等の戦力で戦えたのは98~2000年までの3年間のみ

シューマッハのデビューは1991年ジョーダン、その頃のジョーダンはF1昇格直後の新参チーム、7UPの緑のカラーリングに当時は奇抜だった吊り上げ式のフロントウィングを取り入れてたなぁ…
それからベネトンへ移籍、才能が開花
96年からは破格の条件でフェラーリへ、弱小だったフェラーリが本腰を入れてきたのがこの頃から
一方のハッキネンのデビューも91年、名門ロータスから
93年からはマクラーレンに移籍、セナが抜けた後、弱体化したマクラーレンを支えることになる
やっとハッキネンが陽の目を見るのは98年、マルボロカラーからシルバーアローにカラーリングを一新したマクラーレンで驚異的な速さを見せて優勝

順調なレーサー人生を歩んだシューマッハと長く不遇の時期を過ごしたハッキネン
対極のキャラクターの宿命の戦いは見ていて楽しかったなぁ…
セナにプロスト、マンセルがいたようにやっぱり英雄にはそれ相応の宿敵がいないと輝かないもの

引退は年齢的なものもあるとは思うけど、それ以上に年々つまらなくなるルール改正と真のライバルの不在が原因なんじゃないだろうか…
スポーツトラックバック(0)  コメント(0)
2006'09.10.21:28

耽美な世界

谷崎潤一郎『痴人の愛』 読了


書店で新潮文庫の100冊」の中に入っているのを見かけて、学生時代に読んで以来の読み返しをしてみることに…
谷崎潤一郎といえば明治・大正・昭和にかけて活躍した耽美派の文豪でノーベル賞候補にも挙がった人
私生活では3回の結婚、三角関係の縺れなど波乱万丈型な人生を送りました
谷崎潤一郎を人間的に評価するなら 「マゾヒストでフェチズムが強いフェミニスト」 といったところ
「美しい女性大好き!容姿端麗な女性なら極悪人だろうが人格破綻してようが正しいの!!」なんて感じで著作はまさに私小説

私(主人公・譲二)は15歳でカフェに働くナオミを手元に引き取り、いずれ妻にすべく自分好みの女性に育て上げることにした
譲二の思惑どおりに年を追うごとに美しくなるナオミ
譲二はナオミの美しさに心を奪われ、いつしかナオミの虜となっていく
ナオミは次第に自由奔放にやりたい放題しはじめる
ナオミが自分の目の届かぬところで不貞を働いていることに気づいた譲二は激怒した挙句に家からナオミを追い出すものの、結局は先に折れ手元に戻って欲しいと泣きつく始末
自分好みに育て上げるといった当初の予定とは違いナオミのなすがままになっていく

1924年に書かれたとは思えないような内容
当時の妻だった千代子の妹で女優のせい子がモデル
谷崎はせい子に入れあげて千代子と上手くいかなくなり、その千代子に作家・佐藤春夫が手を出そうとすると激怒し三角関係に…
結局は谷崎は離婚、佐藤と千代子は晴れて結ばれるという結末
その後、谷崎はせい子と結婚することなく他の女性と2回結婚してます

主人公譲二は完全なマゾでフェチ(谷崎自身と一緒)です
それは作中にいやってほどでてくるので間違いなし
ナオミ全体の容姿よりも足や顔のパーツに欲情し、馬になって上に乗られることを渇望する
それも28歳のときに15歳の女の子を手元に引き取って
文学作品でなければただのあぶない人ですよ…

1924年当時の話なのでよくわからない言葉や地名がよく出てきますが、本の巻末には大量の注解が載っていてわかりやすくなってます
その中ですごいのが、本文中に浜田(ナオミの友人)が譲二に対してナオミのことを忠告する場面についている注解
「まるでみんなが慰み物にしているんで、とても口に出来ないようなヒドイ仇名さえ附いているんです。」
ヒドイ仇名の注解:恐らく、淫売婦や多淫な女を言う俗語「共同便所」であろう
なにもそこまではっきり書かなくても…w

話自体には山場や落ち、思想的なものはほとんど感じられませんが内容は耽美派らしいもの
「譲二バカな奴だなぁ…」と蔑むもよし、「ナオミむかつくわぁ…」とイライラするもよし、文章を楽しむもよし
読んだことのない方は、一度谷崎の耽美な世界を覗いてみてはいかがでしょう
トラックバック(0)  コメント(0)
2006'09.09.00:26

ぶらり京急沿線の旅②

「梅屋敷駅」を出て競艇で有名な「平和島駅」を過ぎると次は「大森海岸駅」
ここは「大森貝塚」で有名ですね
この大森貝塚は1877年にアメリカの学者モースが東海道線の車窓から発見したものだとか…
場所は現在の「JR大森駅」付近にあり縄文時代には、この辺りまで海岸があったという証拠
ちなみに、この大森海岸も「痴人の愛」に度々登場します

さらに品川に近づくとあるのが「青物横丁」
この青物横丁は地名ではないらしく俗称なんだとか
江戸時代には青物の市場があって、農民が野菜や山菜なんかを持ち込んでは取引をして賑わっていたそうですよ

そして品川の一つ前の「北品川駅」
この駅「北品川駅」という名前のはずなのに実は「品川駅」よりも南に位置してます
なぜ品川より南にあるのに北品川?
なんでかと言えば、「品川駅」自体が品川区にないことが原因
「品川駅」は港区なんです
だから品川区の北側にあるからという理由なのか、本来品川はもっと南にあるからという理由なのかは知りませんが「北品川」という名前になったんだとか
かなり強引な名前の付け方です…

そして電車は品川駅へ到着
この区間普通電車に乗ると、およそ50分
ちなみに快特に乗れば17分で着く模様
気軽でお手軽な電車の旅を満喫しました(乗ってただけですけど…w)
日常の出来事トラックバック(0)  コメント(0)
2006'09.08.23:46

ぶらり京急沿線の旅①

赤い電車に~♪という歌でお馴染み(?)の京急(正確には京浜急行電鉄)
普段は滅多に乗ることがない京急に今日は何年振りかに乗りました
「一番ガラの悪い私鉄」とも呼ばれる京急でしたが、さすがに平日昼間なんでガラガラ(駄洒落?)
横浜-品川間を何となく各駅停車に乗って移動
気分はぶらり途中下車の旅です

京急の駅はとにかく駅間が短くてよく止まる
各駅に乗ると止まりっぱなし、しかも急行の待ち合わせなんかもあって時間に余裕がなければキレそうなぐらい時間がかかる
しかし、今日の私は気持ちにも余裕があってのんびりまったりと普通電車に揺られながら沿線の風景を楽しみました

一度でも乗ったことのある人ならお分かりかと思いますが、京急の駅には他の路線では見かけない地名駅名が多いんです

まずは横浜を出て少し行ったところにある「生麦駅」
ここは、彼の有名な「生麦事件」の起こった地
学生の頃に社会の授業で習ったでしょ?

そのお隣の「花月園前駅」
ここには現在は「花月園競輪」があるものの、花月園なんてものは存在してません
花月園って何?とお思いでしょう
最近の人が知らないのも無理はなく、昭和8年に京浜電鉄に身売りし、昭和14年には閉園してしまった遊園地なんです
この花月園は 谷崎潤一郎「痴人の愛」 にも登場し、その注解には下記のようにあります。
新橋の料亭「花月」の主人・平岡広高が大正三年に横浜市鶴見に開いた。七万坪の敷地に様々な遊戯施設を備え、花月園ホテルもあった。大正九年頃、長方形二百坪のダンスホールを開設。日本政府も外人接の場所として利用した。
当時は最先端の遊戯場だったようですねぇ

さらに先へ進むとあるのが 「梅屋敷駅」
この駅の側には「聖蹟梅屋敷公園」があり春には梅の花を見る人で賑わっています
この梅屋敷公園は名前のとおり元は梅屋敷があったそうで、その歴史は古く江戸時代に薬屋だった山本某という富豪が梅の木を植えて造った庭園だとか
幕末には数々の志士が会合を行ったという歴史も持つ場所ですが、京急開通工事や道路拡張事業により庭園の大部分を削り取られ残った姿が今の聖蹟梅屋敷公園なんだそうです
日常の出来事トラックバック(0)  コメント(0)
2006'09.07.21:57

和の伝統色

(えび)色といえばどんな色を想像しますか?
茹でたエビのような赤系?それとも生の蝦の色?
大抵の人は蝦色知りませんよね
実際は蝦色は濃い赤紫か濃い赤茶のような色です →
蝦色のエビは海にいる甲殻類の蝦ではなくてエビカズラという葡萄科の植物からきているもの
こういった日本古来からの和色には一見しただけでは色の想像が付かないものが多数あって見てみるのもなかなかに面白いものです
和色大辞典

なぜいきなり蝦色の話かというと今現在 谷崎潤一郎「痴人の愛」 を読んでいて、その中に度々和色が出てきたため
この当時は蝦色や海老茶色なんかが女性の着物の流行だったようです
その他にも時代小説なんかを読んでいると 利休鼠浅葱竜胆 なんかも見かけることがしばしば

和色は現代でもよく使うものも多数あって、例えば
芥子色 鶯色 亜麻色 若草色 生成り色 等々…

そういえば、最近の書店の新刊コーナーでよく見かける 高村薫「照柿」
この 照柿 も和色の中の一つですよ

こういった和色の成分分析もあるのでやったことある人も多いかな
和色成分分析
ちなみに私は本名で分析したところ
国防色 鉄御納戸 桜鼠 錫色 若芽色 薄梅鼠 葡萄色 と聞きなれない色だらけ…しかも地味系な色ばかりでした…
雑記トラックバック(0)  コメント(0)
2006'09.06.23:09

九月の四分の一

大崎善生『九月の四分の一』 読了


表題「九月の四分の一」を含む4編の短編集

巻末の解説を石田衣良が書いていて
大崎善生と本多孝好の雰囲気のようなもの(声と称してますが)が美しくて似ていると書いてありましたが、確かに若干雰囲気は似てる
どちらも文章に透明感があって切ない

4篇各々にテーマ曲のように登場する音楽があって
BEATLES 「If I Fell」
ROLLING STONES 「Ruby Tuesday」
LED ZEPPELIN 「Rock and Roll」
ABBA 「Dancing Queen」
60年代から70年代の名曲揃い
読みながら聴くとなお楽しめます

タイトルにもなっている 「九月の四分の一」> はもちろん
「ケンジントンに捧げる花束」 では先頃話題になった冥王星について取り上げていたり
この一冊は今の時期にはタイムリーな一冊

ベタベタしていない透明感のある読みやすい文章はなかなかに秀逸
秋の夜長に読んでみてはいかがですか?
トラックバック(0)  コメント(0)
2006'09.06.22:24

帝王の切開?帝王が切開?

今日はどこもかしこも秋篠宮家男児出産のニュースでもちきり
街には号外も出て国を挙げてのお祝いムード一色でした
皇室全般にまったく興味のない私ですが出産が無事だったのは何より
なんでも帝王切開で出産したのは皇室でははじめてのことだとか

この帝王切開ですがなぜに帝王?と思った人も多いのでは?
実はこの語源は意外と間抜けなもの
元々「切る」という意味のラテン語 caesarea
これがドイツ語に訳される際にどういった手違いか caeser に誤植
caeser といえば、かの有名な ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)
カエサルといえば帝王・皇帝
だから帝王切開
といった冗談のような話が広辞苑にも載っていたそうですw

ただし、この説はどうやら真実じゃないらしく、後に広辞苑改編の際に変更されたとか
ここまで聞いて本当の由来を知りたくなった方は下記サイトに詳しく説明が載ってますので読んでみると面白いですよ
錬金屋の辞書 http://home.att.ne.jp/wind/alchemist/dict/sakuin.html#ta
雑記トラックバック(0)  コメント(0)
2006'09.06.01:50

気づけばあっという間にもう9月
早いものでもう今年も残り4ヶ月
春夏が終わって秋ですねぇ
9月は英語で September
Rの付く月のはじまり…ってことは牡蠣がおいしい時期だなぁ
酒飲みながら生牡蠣を食べるなんて最高に贅沢
今は保存技術も加工技術も昔とは比にならないから「R」が付かない時期でも牡蠣を食べることは可能
でもやっぱり旬のものは旬の時期に食べたい
次飲み行くときは必ず生牡蠣を食すべし♪
思ったことトラックバック(0)  コメント(0)
2006'09.04.23:56

トパーズ

ちょうど読む本がなくなったので以前に読んだ古い本を読み返す

村上龍『トパーズ』


言わずと知れた村上龍の代表作的短編集
話題にもなった表題の 「トパーズ」 はSM風俗嬢が主人公

ヤマギシとのプレイは四時間くらい続いてあたしは数えきれないほどいかされてヤマギシは二回あたしの口に出して一回目と二回目の休みにあたし達はハンガリーの映画を観て、それはとても小さなビデオと一緒にヤマギシがブリーフケースに入れて持ってきていたもので鳩のことを異常に愛している少年の物語の短編映画だった。

といった感じで一文が異常に長く句点も少ないからだらだらとしていて非常に読み辛い
意図的に主人公の人間性を表しているんだろうけど読んでいてイライラします
物語的にも特に山場もなく日記のような感じ
これが延々12ページ程続いて終了
何度読んでも國東には楽しめない小説です…

トパーズを読んだ大半の人間の感想はただのエロ描写の多い理解できない内容のつまらないもの
きっと極一部の人たちには奥が深くとても素晴らしい読む者を選ぶ小説となるんでしょう
でも本当にその人たちは理解してるのか?
いったいどれだけの人間が村上龍本人が意図した内容を理解できてるんだろうか…

村上龍の小説は 「非常に不親切な小説」
文章から読み取れることが少なく、構成や文体にもこれといったものもない
ダメな人には絶対的に受け入れがたく、その傾向は最近読んだ 「空港にて」 でも変わることはない
まだ読んでみたことのない方は一度読んでみてはいかがでしょう
どれがお勧めということもないのでお好きなものを手に取ってください
きっとどれを読んでもさほどの差は感じられないと思いますよ
トラックバック(0)  コメント(0)
2006'09.03.22:34

Be yourself no matter what they say

Be yourself no matter what they say
誰が何を言おうとも、自分を見失わないで

この言葉はイギリス生まれのバンド Sting「ENGLISHMAN IN NEW YORK」 という曲の歌詞の一節
今日読み終わった一冊は冒頭この歌詞から始まる

山川健一『歓喜の歌』 読了


セックスができないものに愛を求める資格はないのか?
大手クレジットカード会社の未払い金回収を行う高村は、極度に性器が小さい性器異常のため女性と関わることを避け、孤独と絶望を抱えていた
高村はある日、カードローンで苦しむ女性・沙希と出逢う
彼女は、これまでどんな女も受け容れることのなかった高村を、温かく包み込み許してくれるただ一人の人間だった
しかし、多重債務を抱えていた沙希は突如として失踪してしまう
沙希の行方を追い求める高村の前に次々と驚愕の真実が浮かび上がる
5年前の殺人事件、恐喝、脅迫者…冷酷な真実の前に高村が選んだ決断とは…?

セックスのできない男の愛といったようなテーマが先に思いついて、それに色々肉付けしていったといった感じのストーリー
ぼこぼこと過去の秘密や謎が浮上して若干忙しない
全体的に上手くまとまっていて読みやすさは問題ないもののなんとなく心に訴えるものもないまま終了…
セックスのない愛を表現するために安易に性器異常という形で作り出したといった印象
トラックバック(0)  コメント(0)
2006'09.02.22:01

夏の終わりの闖入者

9月に入った途端に涼しくなりましたねぇ
夜なんかはもう完全に秋の風です
昼間はまだ蝉が喧しいけど夜になれば秋の虫の声も聞こえはじめてますね

今日はなんとなくテンプレを変更
真っ黒だったイメージから白一色に…イメージに合いませんがw
某氏には字が小さいと不評だったので今度は字かでかいのをと思ってみたものの大して変わらず…(申し訳ないですw)
全体的には前よりは見易くなったのではないかと…

昼間出かけて帰ってくると家の玄関側に何やら動く物体が…
もしやゴ○○リ??
…にしてはなんか動き鈍いな
近づいてみればあまり見かけることのないクワガタ発見
思わず捕獲w



ミヤマだかヒラタだか忘れたけどノコギリクワガタじゃないことは確か
最近はなかなか見ないんでちょっと軽く感動
このあとすぐに逃がしましたけどね~
日常の出来事トラックバック(0)  コメント(2)
2006'09.01.03:05

傍迷惑な話

先日、オリンピック招致の候補地が東京都に決定しました
はっきり言って大迷惑
交通機関の混雑は予想されるし無駄に外人は増えるし都内を仕事場にしてる人間にとってはいいことなし
まぁ国内の候補地が決まっただけで実際にオリンピック招致ができるかと言えばそれはまた別問題なんでおそらく選ばれないとは思いますけどねぇ

今回も誘致合戦の裏では色々あったようで、各競技団体の代表は福岡を推薦してたとかしてないとか…
どうやら東京はアーチェリーやクレー射撃なんかが東京湾から吹く海風の影響をモロに受けて競技に向かないんだそうです
非営利を掲げているオリンピックのくせに候補地決定の投票会場の壇上にはこれでもかというぐらいの企業スポンサー広告が出てたのが笑えます

候補地決定の会見で石原都知事は次よりその次のオリンピックを見越しての誘致を目指して頑張るなんて言ってましたが、その間3期も4期も都知事やるつもりか…早く辞めて欲しいのに…

大体オリンピックなんてものは国内でやるより海外でやるからいいんですよ
なぜなら国内で昼間に競技やったところでテレビで生中継見れないしw
夜中に寝不足になりつつリアルタイムで見てこそのオリンピックです
そう思いません?(私だけか…)
思ったことトラックバック(0)  コメント(0)
 |TOP
Copyright © 鳴かぬ螢が身を焦がす. All Rights Reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。